山口光國(やまぐちみつくに)

(有)セラ・ラボ

長野県上田東高校卒業後、日本サッカーリーグの日立製作所にFWとして入団。故障から21歳で引退し、都立府中リハビリテーション専門学校に入学。同校卒業後、昭和62年に昭和大学入職、藤が丘リハビリテーション病院勤務。昭和大学藤が丘リハビリテーション病院では、身体運動を熟知した理学療法の専門家として治療にあたる。2005年からは、肩の故障で苦しんだ現役時代から絶大なる信頼関係のある牛島氏の要請を受け、横浜ベイスターズのフィジカルコーチに就任。05、06年と肩の故障者を出さないという功績を果たす。
2007年からは独立し、(有)セラ・ラボの代表として、アスリート、一般を問わずサポートするかたわら、各地の病院での教育活動、一般への健康増進のための啓蒙活動、さらに、株式会社ワコール、桜美林大学と共に研究活動と現在も臨床・教育・研究にと各活動を積極的に行っている。2009年3月に桜美林大学大学院において健康心理学修士取得。所属学会は日本理学療法士協会、日本肩関節学会・アジア肩関節学会など。研究論文、執筆なども多数。